つわり・妊娠悪阻とは?
予定月経が発来せずに1週間程度遅れた頃、すなわち妊娠5週の頃になると唾液分泌の亢進や食欲不振、空腹時のはきけ、嘔吐などの主として消化器系の異常が出現することがある。
これを「つわり」と呼び妊娠初期の生理的現象と考えられている。
その発現頻度は50〜80%にも達し、早朝空腹時に症状が著明なことが多く、遅くとも妊娠16週の頃までには自然消失する。
しかし、このつわりの程度が極端にひどく、食事摂取が全く不可能となり、母体の栄養代謝障害を来した状態を「妊娠悪阻」と呼ぶ。
妊娠悪阻の発現頻度はわずかに1%程度であるが、明らかな妊娠初期の異常妊娠であり、積極的な治療が必要となり、放置すると重篤な結末を招く場合もあるので注意が必要である。
『妊娠悪阻の原因』
明らかな原因は不明である。
しかし、妊娠が成立することによって母体にホルモン・内分泌因子を主にして大きな身体的並びに精神的変化が起こる。
この様な変化に対するある種の適応障害と推察されているが、その機序は不明である。
この適応障害は時間とともに解決するために(適応できるようになる)遅くとも妊娠16週の頃にはほとんど軽快する。
『妊娠悪阻の頻度』
つわりの強弱は別にすると全妊婦の約半数(50〜80%)に出現するが、妊娠悪阻はわずかに0.1〜1.2%とされている。
経産婦より初産婦に多く、多胎妊娠、胞状奇胎などの絨毛性疾患などの異常妊娠の場合に高頻度になりやすい。
『妊娠悪阻の症状』
つわりの症状が悪化し、全身状態の変化が伴ってくるもので、その症状の程度により次の3期に分類されている。
妊娠の時期としては妊娠8〜12週の頃に頻発する。
第1期(軽症期・嘔吐期)
頑固な悪心、嘔吐が頻発する時期。
つわりの場合には空腹時に起こりやすいが、食事や水分摂取とは関係なく、常にはきけ、嘔吐がみられ、胃液、胆汁、血液まじりのものまで吐くにいたる。
しかし、全身状態は比較的良好である。
食欲不振が極端で、水分、食物の摂取が不可能となるために、結果的に脱水状態に陥る。
口渇、皮膚乾燥、全身倦怠感、胃部痛、めまい、便秘なども出現する。また尿量は減少し、尿中にタンパクが認められたり、体重減少も極端になる。
第2期(重症期・肝腎障害期)
第1期の症状が更に悪化して、体重減少がさらに認められ、代謝異常による中毒症状が現れて来る時期である。
栄養障害が著明になり、全身状態が衰弱し、口臭が強くなる。脈拍は頻数微弱となり、血圧も下降傾向になり、軽度の黄疸、低体温さらには発熱などの全身状態の異常が目立ってくる。
また、血液検査や尿検査の異常が見られるようになる。
血液検査の異常としては、血液濃縮(ヘマトクリット値、ヘモグロビン値の上昇)、電解質の異常、ビリルビン値の上昇、血清タンパクの低下、BUN値の上昇、アシドーシスなどがみられる。
また、尿検査の異常としては、尿量の減少、尿比重の上昇(濃縮尿)、ケトン体の出現、尿タンパクの陽性などがみられるようになる。
この時期は治療が適切に行われれば回復可能な段階にある。
第3期(重症期・脳障害期)
中毒症状とともに脳症状が出現する。
耳鳴り、頭痛、めまい、視力障害、不眠、幻覚などが出現し、さらには嗜眠傾向、意識障害が出現し、後遺症を残したりあるいは不幸な転帰をとる場合もある。
この時期では治療も不可能な場合が多い。
『妊娠悪阻の診断』
妊娠初期に頑固な悪心、嘔吐が繰り返され、次第に全身状態の悪化がみられるようならば妊娠悪阻と診断し、治療を開始する必要がある。
ごく例外的には妊娠初期に嘔気、嘔吐などの妊娠悪阻の症状を伴う様々な疾患が合併している場合も時には認められるので注意が必要である。
胃癌、胃・十二指腸潰瘍、急性肝炎、メニエール症候群、甲状腺機能亢進症などの存在も念のために念頭におく必要がある。
『妊娠悪阻の治療』
つわりの段階で、食事指導、生活指導さらに精神的援助を適宜行い、重症の妊娠悪阻の出現を防ぐことが重要である。
妊娠悪阻に対しては、保存療法と手術療法(人工妊娠中絶)があり、保存療法として精神療法、安静療法(入院)、輸液療法、食事療法、薬物療法などがある。
精神療法・安静療法(入院)
妊娠悪阻の発症の背景には心理的要素が大きく関係している場合もあり、その分析も重要であり、心因性の原因がある場合にはその要因を除去することが重要である。
妊娠、分娩に対する漠然とした不安、予期せぬ妊娠の場合には妊娠継続に対する不安、食事がとれないことに対する過度の不安、胎児の栄養障害に対する不安、不安定な人間関係(夫やその家族との関係、勤務先での対人関係)など様々な問題が妊娠悪阻の発症や悪化と関係している場合もある。
いずれにせよ精神的に安定できるような生活環境が必要となり、入院により食事の準備などの煩わしい日常生活からの解放が必要のことが多い。
また、実家に帰り、妊婦にとって気遣いのない環境での生活によって著明に改善することもある。
輸液療法・薬物療法
頑固な悪心、嘔吐が繰り返され、食事の摂取が不可能であるために脱水状態をきたしている。
そのために脱水状態、栄養代謝障害の改善を目的とした輸液療法が中心となる。栄養の補給、脱水状態の改善、尿排出の促進(解毒)、電解質の改善などのために一日あたり2000〜3000mlの輸液(ブドウ糖液や電解質用液)が必要になってくる。
この輸液中に胎児に悪影響を及ぼさない薬剤(各種のビタミン剤、制吐剤、肝庇護剤、鎮静剤)などを併用することが多い。
しかし、このような治療にても症状の改善がみられない場合には高カロリー輸液が必要になる。
食事療法
食事療法の基本は、食べたいときに、食べたいものを食べるのが基本である。
水分を主にして、各種のスープなどの消化しやすく、しかも栄養価の高いものから始めて、次第に固形食へと進めていきます。
手術療法(人工妊娠中絶)
妊娠悪阻の原因は妊娠であるので、原因の除去すなわち妊娠を除去(人工妊娠中絶)を行えば妊娠悪阻の症状は軽快消失する。
従って、上記の保存的治療法にても症状の改善がみられない時には、母体の保護の目的で人工妊娠中絶を考慮する。
このタイミングを逸すると、人工妊娠中絶後も後遺症を残したり、不幸な転帰をとったりする。